読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アスパラガス日記

アスパラガスは根を育てるもの。明日に向けて自分の根を育てていく今日でありたい。今考えていることをブログに。

着ぐるみの中身が見えるのが苦手だ。

f:id:asparadiary:20170410155153j:plain

 

テーマパークや自治体には、しばしばそのまとまりを象徴とするマスコットキャラクターが決められていることがあります。多くの場合、マスコットキャラクターは着ぐるみとして中に「人」が入り、直に人と触れ合うことでPRをはかります。

 

どれほど可愛い愛されたキャラクターであっても、中には実在する「人」が入っており、決して空想上の生き物ではないことは共通しています。それが夢の国であっても例外はないのです。

 

 

 

着ぐるみの中身が見えるのが苦手だ

私は個人的に着ぐるみの中身が見えるのが苦手です。正確に言えば、「見えそうになる」だけで嫌なのです。

 

それは空想上のものではないとわかっていたとしても、着ぐるみは着ぐるみであってほしく、できるだけ中の「生きた人間的な素性」が見えて来ない方が受け入れやすいからそう思うのです。

 

着ぐるみとは何か?

ここで「着ぐるみ」とは何かについて説明したいと思います。

着ぐるみとは人間の全身を覆う、等身大のぬいぐるみの総称で、怪獣など架空の生物や人間や、擬人化した動物を表現する方法として用いられる。 一般的には遊園地やテーマパーク、企業のキャラクターや商品キャンペーンなどで幼児・子供向けの着ぐるみショー、一緒に写真撮影、風船や商品などを配布する作業を行い顧客サービスに従事している。

着ぐるみ - Wikipedia

 この説明はWikipediaの着ぐるみの項目から引用したものですが、私の言う着ぐるみとはこの説明にある一般的な着ぐるみを含む部分もあるのですが、基本的は異なるものです。

 

それでは私の指す「着ぐるみ」とは何なのでしょうか。

 

それは「職業として従事している人の姿」のことを指しています。

 

そういう意味では着ぐるみの中に入りテーマパークの中で仕事として従事している人も同じなのですが、私が表現する着ぐるみとは、医者であったり、公務員であったり、飲食店の店員さんだったりとあらゆる仕事人のことを指しているのです。

 

何を苦手に思うのか?

私が仕事として従事している人のどんなところを苦手に思うのかといえば、その人の「個人」の部分を知ってしまったときなのです。

 

人は誰しも表と裏の姿を持ち合わせています。良い部分があれば悪い部分もある。それらは人にとって画一的な評価でないことが普通だと思います。個人的に悪く感じても別の人にとっては良い評価であることもあります。

 

 

日常の生活の中においては、よほど接する時間が長くなければ、その人自身の深い部分を知ることはないので、多くの場合安心できます。

 

たとえば、ふらっと立ち寄ったコンビニの店員さんがどんな名前をしているのか、どんなことが好きなのか、そしてどんな考え方をしているのかについて知るすべはありません。

 

私にとってはそのコンビニいた店員さんという役割としてイメージしかなく、内面を知ることなく、やりとりが終えられるのでとても気が楽に感じます。

 

自分の価値観に合わない考えが見えてしまったとき

多くの場合、店員さんの個の部分は積極的に知ろうとしなければ見えないものだと思うのですが、ごくたまにそういう部分に接する機会がどうしてもあります。

 

たとえば、あるお店に入った時に、店員さんが嫌そうな顔をしているのを見えてしまったときだったり、直接の場でなくても、喫茶店などで自分の座っている横のお客さんが、自分の仕事での客の愚痴を話しているのを聞いてしまったときなどです。

 

今はネット社会なので、働いている人がお客さんの愚痴について書くということも多いかと思います。私が自らその事例を積極的に調べることはないので構わないのですが、そういう声に簡単に触れられる現状は、いささか居心地悪く思います。

 

良い内面の場合はどうか?

着ぐるみは着ぐるみであってほしい、店員さんは店員さんであってほしいと考える私なのですが、その中の人の良い内面が見える場合はどうなのでしょうか。

 

  • 実は結婚してます!
  • 実は子供が大好きです!
  • 実は今がとても幸せです!

 

個人の幸福のエピソードを知ることは、私も悪い気はしないです。ですが、その後悪い何かが見えたときに裏切られた気持ちになるので、やっぱり内面の部分ができるだけ知りたくないと思うのです。

 

場所と個人の考えが結びついてしまうのはマイナス

今の世の中、ブログやTwitterなどをやっている人が多く、その中で自分の様々なこと考えを発信していると思います。

 

考えの中には、他人の評価の中で、良いように受け入れられることも、悪いように受け取られることもさまざまであると考えます。

 

それらは、いろんな価値観、いろんな受け止め方があって良いことだと思うのですが、基本的にその発信者の勤務している企業(場所)が結びついてしまっているときはいくらかのマイナスが生じていると私は考えます。

 

たとえば、飲食店のオーナーがいて、そのオーナーがネットで頻繁に自分の考えを発信する人だったとします。その人のプロフィール欄には、「○○でお店を開いてます」と働いている場所がしっかり書かれています。

 

もし、そういう場合だったら、そのオーナーの発信情報はすべてお店(場所)とリンクすることになります

 

すると、お客さんによっては、「あそこのオーナー一見よい人そうなんだけど、裏ではこんなこと考えているんだよ!」と、場合によってはお店に足を運んでくれなくなるかもしれません。

 

 

ここで重要なのは自分にとって良いと思われる発言も、他の人にとっては悪い印象を抱く場合があるということです。

 

 

何気なく発言している記事やコメントなどの全ての情報が、働いている場所のイメージを下げてしまっている可能性があると考えるのです。

 

 

これは一従業員なら影響はかなり少ないと思うのですが、経営を担っている人は特に気をつけた方が良いのではないのでしょうか。

 

 

はてなユーザの中にも経営者であることを明示し、ブログやはてブTwitterなどを使ってらっしゃる方がいると思うのですが、自分の何気ない発信や考えが、実はお客さんに悪いイメージを与えてしまっているかもしれません。

 

 

それは相手の受け取り方の部分が大きく占めている部分なので気をつけようのないことなのかもしれませんが、その可能性を意識する必要があると考えるのです。

 

やっぱり着ぐるみは着ぐるみであってほしい

お医者さんはお医者さん、役場の人は役場の人、店員さんは店員さんというように、やっぱり着ぐるみは着ぐるみとして、中の人の存在を感じられない状況を望みます。

 

しかし、いつか着ぐるみの裏の部分も受け入れ好きになれるときが来たら、それはそれで楽しく思えるのかもしれないとも考えます。

 

 ただ私も勝手に良いキャラクター(性格)の着ぐるみであると思いこまないように生活したいと思います。

 

着ぐるみは着ぐるみなんですから。