アスパラガス日記

アスパラガスは根を育てるもの。明日に向けて自分の根を育てていく今日でありたい。今考えていることをブログに。

おなかの痛いときについ考えてしまうこと。

f:id:asparadiary:20170407214739j:plain

みなさんはおなかが痛いときどんなことを考えますか?

私は現在、絶賛腹痛症状に悩まされています。

 

私はおなかが痛いときは毎回同じようなことを考えるので、今回は、私の腹痛時に考えてしまう事をまとめ紹介していきたいと思います。

 

腹痛開始時から思考は徐々に変わっていくので、ステップごとにわけて紹介できればと考えます。

 

ステップ1 ベストタイミングでトイレに行きたい!

ステップ1はベストタイミングでトイレに行きたいということです。

これはできるだけトイレで痛みを我慢したくないという考えから表れるものです。

 

腹痛の痛みは本当に嫌いなんですよね。

好きな人はいないと思いますが…

 

すぐに出る状態にしてから、短時間でことを終わらせます。

そうすればトイレにこもる時間も少なく他の人に迷惑をかける可能性が少なくなるはずです!

 

ステップ2 痛みがはやく過ぎ去ることをただただ祈る!

すぐに出ると思いきやなかなかでないときがあります。

そういうときはトイレで痛みと戦い続けなければなりません。

 

そんなとき、私ははやくこの苦痛から抜け出せることを祈ってます。

普段神様や仏様に祈ることで願いがかなうという信条はそこまで過信して信じていない私なのですが、この時ばかりは祈り倒します。

 

痛みが少し弱くなってきたら、祈りが通じたから良くなったんだ!と考え、逆に痛みが強くなれば私の祈りが足らないからそうなっているんだと、根拠のない解釈で乗り切ろうとします。

 

自分に都合のいい祈りなんて本当はまるで意味をなさないものです。

ですが、それだけ腹痛はつらいのです。

 

ステップ3 自分の行いの悪さを悔いる

はやく良くなることを何かに祈った後は、自分の日々の行いの悪さを悔いる時間が来ます。

今私がおなかが痛いのは、日ごろの行いが悪いからだと勝手に思い始めるのです。

こちらも腹痛との因果関係はないに等しいのですが、痛みを取り除いてくれるのであれば、悪行を悔い改める気持ちが湧き上がり、自分の最近の行いを振り返るのです。

 

悪いことを行えば天罰が与えられるという昔話的観念が私の中に深く根付いているから、そんな考え方をするのでしょう。

 

ステップ4 友達、知り合いが腹痛時の様子を思い出す

ステップ4ともなれば、この苦しみは私だけでなく、様々な人がみんな耐えてきた道であるという考えにいたり、どうにかこの痛みを耐え抜いてやろうという気持ちに変わってきます。

 

そんなときに思い出すのは友達や知り合いなどの周りの人がおなかが痛く苦しんでいるのに遭遇した様子です。

 

あの人も痛みと向き合いそれを乗り越えたわけだから、自分のこの痛みも乗り切ってみせるわ!という具合です。

 

腹痛の苦しみがみんな共通であると思い出すことで、今の状況に安心できるような気がするのです。

 

ステップ5 母の偉大さに感謝する

出産時の痛みは日常生活でよくあるような腹痛とは比べ物にならないぐらいであるというのはよく聞く話です。

 

だからこそ、その強烈な痛みに耐え抜き自分を生んでくれた母のことを尊敬するという思考回路になります。

 

ただの腹痛が、出産時の痛みと同列に並べてしまったら失礼極まりないことだと思いますが、こんなときに母の偉大さを考えてしまうのです。

 

痛くて我慢できないと思うのですが、母の痛みと比べればなんとでもなりそうです。

 

ステップ6 これだけ痛いのなら切腹された方がましだ

腹痛が長引きなかなか出てくれません。

このころになると体力的にも精神的にも弱り果ててきます。

 

もー、はやく楽になりたい!

 

そればかり考えてしまいます。

 

だからこそ、こんなに痛いのなら、いっそのこと「切腹された方がまし」なのではないかという考えが頭をよぎります。

 

そうです。もう完全に思考回路がばかになっています。

 

経験したことはないですが、明らかに「切腹」の方が痛いはずです。

 

冷静に考えれば、刀をおなかにさすだけでも痛いのに、なおかつ自分で刀を動かし、おなかを切るという行為がどうかしてると思うのです。

 

先ほどのステップ5で強烈な痛みに耐え自分を生んでくれた母に感謝していたはずが、今の痛みをすぐに終えられるのであれば、死んでもいいという考え方に至ってることは母への裏切りのほか何物でもないと思います。

 

本当にダメな人間だと思います。

 

ステップ7 喉元過ぎれば熱さを忘れる

長い格闘の結果、すべてのものを出し終えると、さっきまでの苦しみが嘘のように素晴らしい幸せが私に訪れます。

 

もうすでにさっきまでの痛みを思い出すことはできません。

 

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざはまさにその通りだと思います。

 

「明けない夜はない」なんてことをいう人がいますが、それもまさしくその通りだと感心するときです。

 

しかしながら、痛みと向き合う中で、現在の自分の行いを悔い改めようと決心したにもかかわらず、そのことはもうどこへやらと忘れてしまいます。

 

喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れる

熱いものも、飲みこんでしまえばその熱さを忘れてしまう。転じて、苦しい経験も、過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れてしまう。また、苦しいときに助けてもらっても、楽になってしまえばその恩義を忘れてしまう。

喉元過ぎれば熱さを忘れる(ノドモトスギレバアツサヲワスレル)とは - コトバンク

 

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という言葉の辞書に載っている解説文がまさにぴったりあっています。

 

本当にどうしようもないものです。

 

腹痛を乗り越えるための解決策は?

最後に腹痛を乗り越えるための解決策を紹介しておきましょう。

 

それはやはり、

「自分の母の出産時の痛みを想像するということ」

につきます。

 

より苦しんだ人がいるからこそ自分もその痛みと向き合おうという考え方です。

ましてや、自分の親である人の痛みを想像したら、もっと耐え抜けると思います。

 

 

そんな感じで、まだまだ私の腹痛は続いていますが、母の偉大さを噛みしめながら、今の痛みと闘い続けたいと思います。

 

このたびは読んでいただきありがとうございました。

ぜひ、腹痛時の良い考え方や解決策を知っている方がいましたら、教えてください!