アスパラガス日記

アスパラガスは根を育てるもの。明日に向けて自分の根を育てていく今日でありたい。今考えていることをブログに。

銭湯、温泉において、なぜ最初に「掛け湯」が行われるのか?なぜ「先に体を洗うこと」がマナーにならないのか?

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銭湯や温泉について、なぜだか最初に「掛け湯」をすることが一般的という風潮があります。最初に掛け湯をしてから、湯船に入る。これが公衆浴場におけるマナーであると教えられてきた人もいると考えます。私も親にそう教えられてきました。

 

しかしながら、私としてはどうしてもそれが「良いマナー」だとはとても思えないのです。みんなが入る「お湯」だからこそ、「先に体を洗ってから湯船に入る」というのがよりふさわしいマナーではないかと考えるのです。

 

だからこそ、掛け湯だけをして湯船に入ってくる人を見ると、ぎょっとしてしまいます。中には桶に1杯程度の少しのお湯をかけただけで湯船に入ってきてしまう人さえいます。私としては形だけの掛け湯ほど意味がないものはないと感じています。

 

皆が使う場所だからマナーを守るということは何も問題はないのですが、そのマナー自体に「なぜそうするのか?」という内容が欠如しているならばそれこそ意味がありません。

 

湯船にタオルはなぜダメなのか?

湯船にタオルを入れてはダメだということも「公衆浴場」におけるマナーとして一般的になっているかと思います。そのため、テレビなどでは出演者がタオルで体を隠しながら湯船に入っているときには、たいてい「許可を取ってタオルを使用しています」というテロップがでることが多いです。

 

湯船にタオルを入れてダメな理由は一体何なのでしょうか?

温泉などの入浴施設情報を発信するサイト「ぽかなび」では入浴の心得と題した、公衆浴場におけるマナーを解説されています。その中の、「タオルを湯船に入れない」という項目では以下のように説明されています。

身体に巻いて入るなど浴槽内にタオルをつけるのはNG
湯が行き来する湯淵に置くのも同じこと。
一見きれいなタオルでも雑菌はついています。湯が汚れてしまいます。
許可された一部の混浴をのぞき、タオルや水着着用での入浴はNGです

簡潔に言えば、タオルが汚いということが理由の答えとなっています。体を洗うのに使ったタオルであるならば、洗い損ねている石鹸カスやアカなどがまだタオルに残っていることも考えられます。なので、タオルを湯船に入れないということものは、湯船を汚さないための根拠のあるマナーとして守る必要があるものだと考えられます。

 

タオルと掛け湯しただけの体はどちらが汚いのか?

先ほど例に挙げたタオルを湯船に入れないというマナーは比較的多くの人に徹底されているマナーだと私は考えます。湯船にタオルを入れている人を私はそれほど見たことはありません。少なくとも、掛け湯をしただけで湯船に入ってくる人よりも少ないと感じます。(ちなみに、断っておきますが私もそこまでまじまじと人を観察しているわけではありませんよ。)

 

しかし、実際のところ「タオル」と「掛け湯をしただけの体」はどちらが汚いのでしょうか?これはズバリ掛け湯をしただけの体でしょう。なぜなら、体を洗ってさえいないのですから。

 

汚さの優劣をつけると以下のようになると私は考えています。

洗っていない体>掛け湯しただけの体>体を洗いその後綺麗に洗ったタオル

>まだ使っていないタオル

 

仮に汚さの優劣がこの順番になるのであれば、タオルを湯船に入れないというのは徹底されているにもかかわらず、掛け湯しただけで湯船に入るという行為が許されているのはおかしいことだと私は考えます。

 

長らく続いた習慣に騙されていないのか?

私は日本の入浴文化の現状に騙されている部分があると考えるのです。長らく続いたかといって、その風習、習慣が正しいことばかりではないと考えます。

 

私にとっては、見ず知らずの他人と同じお湯に入ることはかなり汚いことだと考えています。例えば、洗面器の中に水がはってあるとして、他人がその水で顔を洗ったとします。あなたはその同じ水で顔を洗うことができますか?申し訳ないのですが、私にはそれはできません。これは私だけではなく多くの人がそう感じるのではないかと感じます。

 

だったら足湯はどうなのか?

申し訳ないのですが、私は足湯もNGです。足なんてなんなら身体の汚い場所の上位にくるものだと私は思うのです。さらに温泉であればかけ流しで水が循環しているように感じ、また水量も多いので、入ることはできるのですが、足湯は本当に無理です。

 

 

まぁ私だけかもしれませんが、本来他人と同じ水の中に体を入れるということはかなり気持ちが悪いものだと考えるのです。たとえ、それが体を先に洗っていたとしてもです。

 

そうであるならば、なぜ掛け湯だけで湯船に入ってくる人がおられるのか?それが本当のマナーなのか私には理解できないことです。それこそ形だけのマナーはいらないです。

 

まとめ

色々書きましたが、私が訴えるのは最初にするべきは「掛け湯」ではなく、「体を洗うこと」ではないかということです。なんなら掛け湯をする場所なんか取っ払ってしまえばいいと感じます。

 

まず洗おう!ちゃんと体を洗ってから、湯船に入ろう!という風潮にならないのか不思議なものです。

 

文化とか慣習とか長年続いてきたことが形骸化して、ただその意味がなくなっていると思うのです。形だけのマナーはマナーとして必要なのでしょうか?

 

最後に日本の裸の付き合いともいえる公衆浴場の文化はかけがえのないものだと考えますが、その中に人を思うしっかりとしたマナーが備わっていてほしいと考えるのです。