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アスパラガス日記

アスパラガスは根を育てるもの。明日に向けて自分の根を育てていく今日でありたい。今考えていることをブログに。

小さい失敗、よくある失敗、大きな失敗。その差は何なのだろうか。

日記

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先日図書館に行きました。

行った日は返却期限日だったので、何とか延滞することなく返却ができると安心していました。

 

私は図書館でちょくちょく本を借りるので、その日も次に借りる本を見つけてから、カウンターに行き、返却と貸出を同時やって帰ろうと思っていました。

 

私は毎回借りる本を選ぶのに何時間もかかってしまうタイプです。性格が優柔不断なのです。自分の興味のある分野が非常に狭いので、できるだけたくさんの分野の本を読むようにと、図書館ではできるだけ分野を分けて借りるようにしています。

 

その日も4時間かけ借りる本を選びました。そのときすでに借りていた本の中に、もうちょっと借りておきたい本があったので、延長したい本と返却する本、そして新しく借りる本を分けて、カウンターに持っていきました。

 

すると、返却手続きをしている中でカウンターのお姉さんが、「すみません、こちら延滞しておられるので、一度すべてを返却してから、それから再び貸し出しということになりますがよろしいですか?」と言われてしましました。

 

私はなんと一日返却日を勘違いしていたのです。私はあわてて「申し訳ないです。」とお姉さんに謝り、すべてを一度返却するという手続きをとってもらったのですが、さらに私はミスを犯していました。なんと返却しなければならない延滞した資料のうち、1冊家に置いて図書館に来てしまっていたのです。

 

図書館の決まりでは、延滞している資料がある場合は1度すべてを返却し終えるまで、次のは借りられない決まりになっていたので、私はその日何も借りられることなく、4時間かけて選んだ本も無駄になってしまいました。手続きをした時間が閉館時間ぎりぎりだったため、家に取りに行って図書館に戻ってくる時間さえないという状況でした。

 

なんだか全てが嫌に感じてきてしまいました。自分自身の不甲斐なさや、延滞してしまっているという申し訳なさなど。

 

図書館は残念ながら翌日が定休日の曜日と重なってしまい、延滞した本をすぐに返却することもできず、むなしい気持ち、申し訳ない気持ち、不甲斐ない気持ちなど様々な負の感情が湧いてきます。

 

小さな失敗が重なった大きな失敗

この出来事は私にとって小さな失敗が重なった大きな失敗です。

 

起きてしまった失敗は変えられない、どうにもならないと考えているにもかかわらず、その失敗をいつまでも引きずっている自分がいます。幸いにも延滞をして返しきれなかった資料は予約が入ってはなかったので、人への迷惑は最少に抑えられてはいるのですが、それでも迷惑をかけている事実は消えないと思っています。図書館の休みが明けらた図書館の人に謝らなければいけないなと思い、気分が重いです。

 

私は予定が埋まることが苦手です。良い予定も悪い予定もどちらもこの日にこれこれをしなければならないと思うと、楽しいことも楽しめなくなります。ましてや、苦手なこと憂鬱なこととなればなおさらです。今回の件は自分が100%悪いことですが、どうしようもないやるべき責任に気分が重くなっているのです。

 

小さい失敗、よくある失敗、大きな失敗。その差は何なのだろうか。

この差は紛れもなく自分の失敗に対しての向き合い方です。失敗したという行為は何かの行為をした後に起こる感情なので、その向き合い方次第で、小さな失敗とも大きな失敗ともなりえます。考え方さえ変えれば、自分の人生は大きく変わります。

 

ちょっとしたことでくよくよしたり、今まで楽しめなかったことを楽しめたり。そんなことはわかっているつもりなのに、変えることができない。変わりたいけど変われない自分がいるのです。

 

負の感情

今回こんな私の負の感情をブログに書いてしまいましたが、負の感情というのは身内の人の話でさえ、聞いている方は気分が暗くなりますよね。多くの啓発本には負の言葉を言う人の周りからは離れましょうという内容の話が書いてあることがよくありますが、私も同意見です。こんなことを書けるのはブログだからかもしれません。

 

しかしながら、ネットといえども負の感情を吐露するのは良いものではないかもしれないと感じています。負の感情は自分一人で小さくできるそんな人になりたいです。最後はできるだけポジティブな感情でブログを終えられるように工夫したいと思いました。

 

おわり。